こんにちは、管理人のSHIRURUです。
現在の私の状態は、謎の肋間神経痛と戦っている真っ最中でございます。
この痛みがどのタイミングでやって来るか解らなくて……何となくストレスが溜まってる時や、緊張している時に出るのは解るのですが、なかなか予防が難しいんです。
同じ悩みを持っている読者さんは、どのようにして肋間神経痛と戦っていますか……?
詳しい方がいたら、是非お聞きしたいです……。
さて、話はバナナちゃん日記の漫画に変わります。
前回のお話は見てくださいましたか?
今回の過去編の主役はバナナちゃん、開始早々からお母さんの厳しい毒っぷりが発揮されていましたね……。
普段は笑って耐える彼女ですが、今回は過去の事を思い出してしまった様子です。
それでは早速、続きへと参りましょう。







「当たり前が出来たぐらいで、いちいち喜んでんじゃないわよ!」
この言葉を言われ続けると、出来た!というゴールテープが何処にあるか、解らなくなってしまうんです。
バナナちゃんの過去のお話……彼女の引っ込み思案な性格は、お母さんが大きな原因です。
バナナちゃんが「これが出来るようになった!」と、報告しても「そんなの出来るのが当たり前、くだらない事で邪魔しないで!」と、冷たい言葉であしらい、一度も娘を褒めるという事をしませんでした。
この「子どもを褒めない」という教育って、何か意味はあるのでしょうかね?
私の家もバナナちゃんの家庭と同じく、絶対に子どもを褒める事をしない家庭でした。
それどころか、「それの何が凄いのか解らない。」「そんなの出来て当たり前!」「金にならない事をして何になる?」「くだらない事してないで、金儲け出来る事を探せ!」という……何でもかんでもお金になる事を求めてくるばかりで、とても苦しかったです。
おそらく、先祖代々からこういう教育方法だったのだろうと思っておりまして……その理由が、私の祖母が一切「褒める」という事をしなかったため、祖母の娘である私の母親は「褒め方」を知らないからです。
相手の長所ではなく短所ばかり見つけ、粗探しをして「アイツはトロいから嫌い!」「当たり前が出来ない奴を見てるとイライラする!」と、マイナスな事ばかりを吐く母で……今思うとこれってかなり異質というか、異常な家庭ですよね。
「相手を褒めない」「嫌な所をひたすら貶す」というコミニュケーション方法しか知らなくて、人に嫌われる事が多かった子ども時代……思い出すと申し訳ない気持ちでいっぱいです。(このお話は長くなりそうなので、また次回に……)
自己肯定感という言葉を知らないまま育ったバナナちゃんは「自分は孤独なまま一生を暮らすのかもしれない」と、未来に希望を持てず、ますます引っ込み思案に拍車がかかっておりました。
そんなバナナちゃんですが、更にここから追い込まれていくことになるのです……。
気になる所ですが、今回はここまでとなります。
ここまでの閲覧、誠にありがとうございました。
また次回のブログでお会いしましょう!
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