どこか生きづらい少女たちの日常・・・ 真面目なバナナちゃんの日記

場面緘黙症(ばめんかんもくしょう) ~なぜか外でしゃべることができなくなる症状について~

学校に行きたくない...
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場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)。
多くの方には聞き馴染みのない言葉だと思います。
このページに辿り着いた方は、場面緘黙症の当事者様か、そのご家族様なのか。

場面緘黙症の説明を見ると「特定の場面で話すことができない」とありますが、そこからくる苦しみや葛藤は説明することがとても難しいです。
多くの人にとっては意味不明なことなのだと想像します。

ここでは、少しでも場面緘黙症について理解していただければと思い、私の体験を踏まえながら対処法なども語らせていただきます。
少しの理解、少しの共感が得られましたら嬉しく思います。
漫画も一緒にお楽しみください。

※以後「場面緘黙症」を「緘黙症」と表記します

もくじ

子供時代の体験(子供時代~中学生)

幕間のマンガ
緘黙っ子、バード式ムーンウォークのお出かけ

とある日、バード式ムーンウォークの家族(⇐リンク)が、全員でお出かけすることになりました。
兄弟のなかに場面緘黙症の子がいます。
さてさて、どんな一日になるでしょうか…

バード式ムーンウォーク(父)
緘黙っ子 ジュニスリー
ジュニワン
ジュニツー
ジュニフォー
ジュニファイブ

バード式ムーンウォークとは
後ろ向きにしか進むことが出来ないが、たまに飛んで位置を調整している。
ちなみに6人家族である。

MINO

管理人MINOの子供時代(幼稚園~中学校)の思い出です

子供時代の私は、外で人と会話をすることができませんでした。
記憶がある頃にはすでに話ができなかったので、幼稚園の頃にはすでにそうだったのかもしれません。
(あまり、小さなころの記憶が無いのですが)

【幼稚園時代の思い出】

数少ない記憶のなかから…
園でトイレに行くことができませんでした。
正確に言うと「トイレに行きたい」ということが、言葉で発せなかったです。

我慢ができずお漏らししてしまい、先生から「そのぐらい言えないの!?」と怒られたことが記憶にあります。
言葉にして訴えることができず、我慢もできず、どうしてよいか分からないことがトラウマになっているのかもしれません。
あるいは、それを理解してもらえず、怒られたことがショックだったのか…

幼稚園での楽しい記憶というのは頑張っても思い出せない状態ですが、この記憶だけはしっかりあります。

別に知能や言語発達の関係で言葉が話せないわけではなく、家族とは活発に話をしたり遊んだりしていました。
ただ、外に出ると
「話してはいけない」
「感情を出してはいけない」

という強烈な気持ち(不安)に支配されます。

これを「何それ?」「何で?」と聞かれると、自分でも何と説明したら理解してもらえるのか分からないです。
話すことに対する不安というか恐怖というか、どうしても話すことができなくなるんです。

MINO

理由や気持ちは自分でも
上手く説明できないです...

幕間のマンガ
緘黙っ子、バード式ムーンウォークのお出かけ

場面緘黙症マンガ
「バード式ムーンウォーク、家族でお出かけ」
緘黙症の子供と、一家でお出かけ
1ページ目

学校の先生からは「訳のわからない子」「大人しいにもほどがある」と、扱いにくいと思われていたことでしょう。
自分ができた意思表示というのが、首を縦に振るか横に振るかだけでしたから。

【小学校時代の思い出】

雪が積もったときに、雪合戦をすることになりました。

先生が、一人で立っている私を仲間に入れようと思い、笑顔で雪をぶつけようとしました。
当然というか、私は無反応のまま立っています。

そんな私に、先生の顔が一気に曇ります。
私に言ったのは「しんどいなら言いなさい!」という言葉。
「どうなの?!」と詰め寄る先生に、必死で表情を変えず、首を頷かせてアピールします。

結局、一人で見学という形だったか、皆が遊んでいる様子を眺めていることになりました。
その間、先生の言葉を反芻しながら、無力感に苛まれていたと思います。

先生の笑顔、それが一瞬で曇った顔…一人で見学しているときの重たい気分…今でも思い出すことができます。

「言葉に出さないとわからないでしょ!」
「どうしたいのか言ってごらん!」
と言われるのですが、そう言われるとますます話すことが怖くなり言葉が出せなくます。
しゃべらないといけない、言葉を出さないといけないと思うほど固まってしまいます。

同級生からは「真面目」「おとなしい」という評価だったか、周りも子供なので「感情の無い人間」みたいに思われていたふような気もします。
先生からしたら「気味悪い」というのもあったかも。

そんな状態ですから友達もできず孤立していたので、一般的には楽しいだろう給食の時間や休み時間などは苦痛でしかなかったです。
当時の私にとって学校生活は孤独に耐える時間でした。

話したほうが良いことは分かっている
みんなと同じように遊びたいとも思っている
友達が欲しいとも思っている
でも、身体がいうことを聞いてくれません。
本当に、本気でどうしようもないのです。

【中学校時代の思い出】

先生と母と、学校で三者面談が行われる日のことです。

私は学校の廊下で母を待っていました。
周りの同級生は友達同士で集まって遊んでいます。
もちろん私は、その輪には加われず、一人でポツンと立っていました。

母が到着して、そんな私を見つけると…「あんたはいつもそんな(一人で立っている)なのか!」と、すごい剣幕で怒られました。
予期していなかった母の激怒と剣幕に、強い衝撃を受けたことが強く記憶に残っています。

私の状態は母も分かっていたと思います(私は隠そうとしていましたが)。
分かってはいても、実際の様子を見て母としてもショックを受けたのだろうと、今は想像しています。


これも、母の表情と言い方、その時の様子が今でもリアルに思い出せて苦しくなる時があります。

MINO

つらいな。。。

大人になってから当時のことが「緘黙症(かんもくしょう)」と呼ぶことを知ったのですが、当時は残念ながら私の周りには両親も含めてその考えに至ることはありませんでした。

私の体験からの考察

私の症状から考える

MINO

私の緘黙症の症状

私の症状(?)としては
・授業中にあてられると単語は発することができる
・休み時間は一言もしゃべれない(しゃべらない?)

・喜怒哀楽などの感情は出せない(出さない)
・うなずく、首をふるなどで意思表示は可能
・しゃべることを促されると身体が動かなくなる

という感じです。

これは中学卒業まで続きました。
(高校生になり環境が変わったのを機に自力で緘黙を脱出しますが、成長期のコミュニケーションを棒に振った代償は大きかったです。その話はまたの機会に…)

おそらくは生来の内向的な性格に、周りの目線や対応などの体験が重なって緘黙症から抜け出せなかったのかなと思っています。
甘え、自意識過剰と言われればそうだったかもしれません。

ただ、それは今思えばということなので、苦しみの只中にある人がいれば手を差し伸べてほしいなと思うし、自分もそうありたいです。

緘黙症で苦しんでいる人は、自分の力だけで抜け出すのは難しいと思います。
緘黙症の本人も、しゃべったほうが楽だろうことは分かっているけど、しゃべれないですから。

MINO

私の経験上...

MINO

しゃべらないというのは
辛いことだらけ...

周り(学校)の対応から考える

MINO

学生時代の先生の対応

私は、かなり見た目に分かりやすい緘黙症を呈していましたが、学校では個別の対応はされませんでした。

今、改めて、当時の先生の気持ちを推察すると、個別対応する必要性に駆られなかったのかと思います。
あるいは対応する優先順位が低かったのかと。

なぜかというと、緘黙症の子供はトラブルを起こすわけでも、学級崩壊を起こすような行動をするわけでもありません。
むしろ、おとなしく、何もせず、目立たないという子供です。

目立った問題を起こす子供は、先生も積極的に対応せざるを得ないでしょう。
緘黙症の子供は、放っておいても害はないという感じです。

学校の先生というのは、とても多忙だと聞いています。
そんななかで、あえてトラブルを目に見える形にして拾い上げるというのは、言い方は悪いですが面倒というのがあると思います。
そうすると放っておくか、後回しということになるのでしょう。
(むしろ反応が無いので、放っておかれたことはあります)

もちろん、先生もいろいろで、そういう部分(目立たない問題)に気付いて、積極的に手を差し伸べてくれる先生もいるかと思います。
でも、私の学生時代には、そういう先生には巡り合いませんでした。

場面緘黙症だけではなく、他の障害でも目立ちにくいものがあるかと思います。
先生の志なのか制度なのか…そういうものにも、ぜひ目を向けていただけるようになることを願っております。
繰り返しますが、緘黙症の子が自分から苦しさを訴えることはありませんので。

MINO

先生との出会いによって
緘黙っ子の人生が変わるかも

人に近づかず、人に興味がないように見える人でも、心の中で孤独を感じています。
そういう人ほど、頑張って孤独に耐えて、孤独ではないふりをしているのかなと思います。

私も孤独な時ほど、「好きで一人でいるんだよ」という空気を出して、わざと人の輪に近付かないようにしていました。
そうすることで、周りから奇異の目で見られることを避けようと、自分を守ろうとしていたのだと思います。

今は、そういう自分をある程度は客観的に見れるようになり、自分の気持ちに正直であるように心掛けています。

幕間のマンガ
緘黙っ子、バード式ムーンウォークのお出かけ

場面緘黙症マンガ
 「バード式ムーンウォーク、家族でお出かけ」 
緘黙症の子供と、一家でお出かけ 
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場面緘黙症マンガ
「バード式ムーンウォーク、家族でお出かけ」
緘黙症の子供と、一家でお出かけ
4ページ目
MINO

バード式ムーンウォーク家族(↑)のように、特別ではなく、そういうものだと普通に接してくれるとすごく楽なんです。
少数ですが、そういう人が子供時代に出てくることがありました。

場面緘黙症とは

実は、他人の気持ちにすごく敏感

場面緘黙症は病気なのか?


不安症に分類される(DSM-5)、「発達障害者支援法」の対象疾患です。
発達障害があると、場面緘黙を併発することがあるとのことです。
まさに私がそうです…大人になってから「自閉スペクトラム症」の診断を受けました。

実は、空想の中で遊ぶのが大好き

場面緘黙症、どこに相談する?


・心療内科、精神科
・精神保健福祉センター
おとなしく、周りに迷惑もかけないので、放置されがちです。
また、子供の頃に本人から行動を起こすというのも、不安が大きく考えにくいです。
周りが気付いたら、誘導してあげてください。

実は、友だちが欲しい

場面緘黙症は治る?


私の経験からくる感覚をお話します…
「治る」という表現はしっくりこず、「克服する」という感じです。
後遺症は残る。
社会に出てからも、コミュニケーションで不安があったり、集団で話ができないなど緘黙っぽい症状が出ています。
早めに対処されるほど、症状が固定しにくいのかと思っています。

キャラクターたちの日常はこちら(マンガ)
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